今年30歳になるそうだ。
30歳になるまで生きていると思っていなかったので、既に僕の人生は余生の段階に突入している。これは前にも書いたことがある。
つまり、僕は既に老後だ。世間的にはそう思われないだろうけど、自分の認知としては既にリタイアした老人である。
仕事をしているかどうかとか、子育ての経験があったかとか、そんなことはどうでもいい。本当にクリエイティブで居られた自分はもうこの世にいないのだから、僕は死んでいるのである。
これからの自分に大した期待をしていない。僕は天才ではなかった。その事実だけがあって、その事実に大した感情を持つこともなく命だけが勝手に続いている。
そんなわけで、これから先は好き勝手に生きればいいと思っている。
しかし、器用に生きてきたわけではないのだが、ていうか今もって不器用なのだが、なぜかちょっとはお金を稼げるようになってしまったので困っている。
こんなつもりじゃなかったのに。
自分という人間の性質を考えれば、年収200万円台の極貧生活をしていても何も不思議ではない。そこまで極端にはいかなくても年収400万円代で生きて「まぁ日本なんてそんなもんだよな〜」と言っていても何も不思議ではない。
しかし蓋を開けてみると、僕は日本の平均年収は超える程度にはお金を稼いでいる。自分の思いつく贅沢の限りを尽くしていてもお金が余っていて困っている1。これが数億くらい余っていたらなんかいいことをしようと思えるんだけど、別にいいことをできるほどは余っていないので困っている。
使い道がない。
前に『お金の減らし方』という本を読んだり、自分もお金の使い方を考えて記事を書いたり、資本主義について学んだりポスト資本主義について考えたりしている。
そして考えれば考えるほど、どうもこの資本主義というゲームルールそのものが“間違っている”のではないかと思うようになった。
(あまり音楽に詳しくないくせに)クラシックで言うと、バロック音楽から古典派音楽への移行期間に相当するのではないか。もう既にJ.S.バッハは役目を終えていてバロック音楽はまさに終わろうとしている。そして古典派の時代が始まろうという過渡期に相当するのではないかと思う。
そう、近代の仕組みはもう唯一絶対の正解ではない。もう近代におけるJ.S.バッハは死んだのだ。
とっくの昔に帝国主義は破綻した。福祉国家の時代は良かったかもしれないけれど、新自由主義以降の資本主義には限界を感じる2。実体経済が成長しないことを受け入れず、無理に経済成長させようと安い労働力をこき使って成長を演出している現状はどう考えても間違っているだろう。
別にあなたと縁遠い人の話をしているわけではない。日本国内にも非正規雇用とか外国人実習生などと言った、もっともらしい名前をつけられて利用されている人が大勢いる。
資本主義だけでもそうだし、民主主義もまた既に唯一無二の正解ではない。サウジアラビアとイランの国交正常化に中国が一枚噛んだニュースを見れば明らかだ(この3国全てが民主主義の国ではない)。
西洋の価値観が世界を覆った近代は、きっと特別な時代だったのだろう。もう終わりを迎えるのだろうし、そのほうが自然だと感じざるを得ない。
翻っていま、これからルールが破綻することがわかっているゲームのもとで「勝つ」こととか「戦う」ことにどれほどの意味があるだろう。
ことここに至って、まだ近代の価値観を内面化しているのはものすごく狭いものの見方をしているように思える。
橘玲(たちばな あきら)という人の『シンプルで合理的な人生設計』という本を本屋で立ち読みしていた。読んでないのであまりコメントしないけど、この本はとても‘前時代的’だと思った。
既存のルールを疑わずに合理的に考えたら、こういう理屈もありかなと思う。でもそもそも、そのルールになんで従わないといけない前提で生きてるんだろう?というのが読んでる間ずっと頭に貼りついていた。
もうルールは変わり始めてる。国際秩序も、市場経済の中でも。その中で正しいことを胆力を発揮してやりきれるだろうか。
楽しい余生になりそうである。
📕What I read this week📕
ガンディーの生涯を通して英文を読む
ガンディーの一生を平易な英文で記述した、The Gandhi Storyを読んだ。
Ladder Seriesのレベル1を読んでみたくてラインナップを見てみた。ガンディー以外に興味があるものがなくてこれを読んだ。
英語の勉強のために読んだので、だいたい知っていたがやっぱり面白かった。やっぱりガンディーはすごい。
そして同じく非暴力運動を展開したキング牧師もすごい。キング牧師のスピーチはYouTubeでも見られるが、見るたびに号泣する。
しかし、現在進行形でミャンマーで展開しようと努力しているアウン・サン・スーチーさんを考えると、その道のりの長さに途方に暮れる思いもある。
砂糖から見る、奴隷貿易と現代の貧困 — 砂糖の世界史
砂糖というモノを通して、黒人の奴隷貿易、カリブ海諸国の歴史、英国でのコーヒーハウス文化(そしてお茶の文化)の変遷などを学べる一冊。
砂糖あるところに奴隷ありとは本書にも出てくる言葉で、本当に(今から見ると)ひどい歴史が展開されていたのだなというのがまざまざと浮かび上がってくる。
そして産業革命の勃興がなぜか紅茶と関係するなど、面白いトピックが盛りだくさん。岩波ジュニア新書は前にもフランス革命の1冊を読んだけど、題材も内容もとても面白い。
Twitterの丸パクリ競合機能で、SubstackのアプリやWeb版でニュースレターを始めなくても投稿をしたり、コメントをしたり、「リツイート」や「引用リツイート」をすることができる機能です。そして投稿はタイムライン形式でフィードに流れてきます。
百聞は一見に如かず、ということで実物はぜひこのリンクからご覧ください。
このNotes機能に(たぶん)過剰反応したのは実はTwitterです。The Vergeによれば一定期間SubstackのリンクはTwitterにシェアできなくなりました。
Twitterで不特定多数の人にツイートを届けるためには、課金が必要になる未来は確定してます。2つプラットフォームができるので、明確な競合になりそうです。
僕は課金をする気はないので、アルゴリズムの恩恵を受けられない以上はもうこのニュースレターもTwitterで宣伝する必要はもうないでしょう。辞める必要もないのでやめないとも思いますが、やる必要もないなというところです。
個人としては、Substackでもう十分だなと思っています。今後は僕はこのニュースレターに関してはSubstack Noteで投稿の周知をしたり、予告をしていこうと思います。
最近忙しいし、やりたいことが他にあるので週1のニュースレターを出すのもやっとです。なんとかしてこのニュースレターは続けたいですね。
今回紹介したSubstack NotesはSubstackのアプリから使うこともできます。ぜひアプリをダウンロードして、僕をフォローしてください。
一応書いておくけど、誇張を含んでいる。ただほとんど我慢することなく欲しいと思ったものは食べ物であれ本であれガジェットであれなんでも抵抗なく買っているので、贅沢をしていないわけではない。
実体経済が伸びないのは各々の人間に与えられる時間は所詮1日24時間しかないからなのかな〜とか素人として思っているんだけど、別に根拠もそれに関する論考を読んだこともない。