年末、noteに投稿するための記事を書いていた。
休暇だったし、年末ということで転職活動も停止して時間に余裕があったため、新しい記事執筆の方法を試してみようと思った。それが、信仰とリーダーシップの重要性に気づいた2023年 - アウトプット振り返りという記事だ。
AIを使った記事作成のプロセス
簡単にこの記事の書き方を説明する。
まず、マイクに向かってしゃべって音声ファイルにしてしまい、Whisperという文字おこしAI(ざっくりした表現)を使ってある程度不正確でもいいのでテキストにする。
珍しく具体的なコマンドを書くと、GitHubのopenai/whisperからセットアップすると、whisper コマンドがインストールされる。
あとはこんな感じのコマンドをうつと、発話のタイムスタンプと文字おこし内容が出力される。
whisper --language ja $VOICE_FILE_NAME
そしてその文字おこしをクリップボードにコピーするなどし、ChatGPTのプロンプトにつかってまとめさせるなどしてブログ記事の鋳型を作る。
そこに手動で構成を変えたり、鋳型では足らない概念の説明などをChatGPTに代行させたり、自分がレビューする感覚で表現を訂正するなどした。
こうして、note記事を作った。
AIを使った執筆のメリット
月並みな感想を言うと、ほとんどお金もほとんどかかっていない(ChatGPTの月額料金だけな)のに、簡単で驚いた。記事を完成させる心理的なハードルが下がったし、実際に自分だけで執筆するよりも早く完成させることができたと思う。
Whisperは自分のマシンで動かしているので、特段料金はかかっていない。コマンドを数回たたいて、文字おこしされたものをクリップボードにコピーしてChatGPTに投げているだけだ。
ChatGPTは先月から課金を始めていて、GPT4を使っている。精度をどう表現すればいいのかわからないが、少なくともあからさまに変なアウトプットが出てくることはGPT3.5(だっけか)に比べると少ないと思う1。
記事を書くときに、自分が本当に書きたいことは感想とか思想に関することであるが、そのために概念を説明しないといけないことはよくある。上の記事だと、リーダーシップという概念を説明しなければならない。
普段の僕ならその辺は書かずに飛ばしてしまう2のだけど、ChatGPTがリーダーシップの説明を書いてくれたおかげで、自分はストレスを感じることなく知識に関する記述も自分の本当い書きたい感想や思考の系譜の部分も書けた記事になる。
AIを使った執筆をどれほどやるべきか?
一方で、記事のすべての部分をAIによる執筆で乗り切るのが良いのか?という問いには首肯しかねるとも思った。
リーダーシップとか信仰という概念の説明や、それらがなぜ関係するのかということは、僕が言うまでもなくよく知られていることだ。だからChatGPTに解説を生成させて、僕の主張に合わせて多少改訂すればそれでよいと感じる。
一方で自分の感想とかを箇条書きにしてまとめさせると、それはなんだ?と思う。確かに元々は自分の言葉なのだが、その言語化は体裁を取り繕っただけで自分のものとして深まってもいない。
知識の伝達・概念の整理など文書に必要な諸要素をAIを使って簡単にこなす。これは素晴らしいことだ。生産性の向上につながる。
しかし、文書の執筆を通して筆者が考えを整理するという機能は意識しないと失われやすい。もちろん、生成AIを使ったら考えを整理できないわけではないが、考えを整理する主従関係があっさりと反転してしまう。AIの反応が自分の思考かのようになる。
思考をすることは人間の根幹のひとつだ。では、思考をショートカットすることで果たしてこの社会にどんな影響があるのか。僕にはわからない。
ちなみに、信じるか信じないかはあなた次第だが、この記事は生成AIを一切使わず書いている。それが価値だとは全く思っていないが、僕が書くことに僕は意味をやはり感じている。たとえ読者のみなさんが価値を感じなかったとしても。
愛するということ
西洋の人であることに加えて時代もあって、現代のジェンダー観を持った僕からすると彼の主張をすべて受け入れることは難しい。家父長制の歴史を持つ国の人ならそう思うでしょうね、みたいな気持ちを抱えつつも主張の鋭さには目を見張るものがある。「愛は技術である」と断言し、愛を実践するためには努力が必要であると喝破する。
先日読んだ『7つの習慣』は人格主義の回復という副題がついている。人生を左右しているものは相手とうまく付き合うようなテクニックではなくて自分の人格にあり、自分の人格を高めていくことこそがより充実した人生を歩む根幹であると説く。
この『愛するということ』も大きく括ると同じことを言っている。すなわち、自分の人格を高めなければよりよく人を愛すことはできない。よりよく人を愛することができなければ、自分の人生をよりよくすることができない。
さらに言えば、自分を愛すること(自信家になることとは違う)ができなければ他人を愛することもできず、共同体をよく築くことができず、豊かな人生を送れない。
🎧今週の一曲🎧
愛の話をしたところで、今週はMr.Children 名もなき詩を。
愛はきっと奪うでも与えるでもなくて 気が付けばそこにあるもの。
誰かから受け取るものでもなく、誰かに一方的に与えるでもない(それは依存だ)。自分も相手も無条件に信頼して初めて愛が生まれる。
そんなことを、本とこの歌詞から考える。
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ただ、最近はGPT4ばかり使っているのでその辺の感覚もよくわからなくなり始めている。
すべてを記述することは現実的ではないし、おそらく多くのWeb記事の読者が求めてもいないので書かないことに問題はないと思っている。しかし、一般論としては記事の正確性を期す為に定義や概念の説明は書いた方が良いと思う。